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shioka-816’s diary

だいよんのせいしゅん

②成長したことを自ら評価できるのか

 

実験の意図

②自分が成長したということは、自ら評価できるのか

についてです。

 

成長したいという気持ちは”目標”です。

目標が達成されたというのは、”誰が見てもわかる”状態であるべきです。

 

自分がそう感じたからとか、ここまでやったから、という自己判断は宛てになりません。

 

目標達成の証明方法としては、

 

・数字を達成する

・世間から評価される

・一定の肩書を手にする

・一定の大会に出場し、目標の結果を残す

 

などが挙げられます。

目標設定の仕方は、高校時代の部活で鍛えられました。

 

自己判断の恐ろしさも教えられました。

簡単に目標を下げられますし、様々な出来事を理由に言い訳を並べます。

もちろん状況や体調で万全でない日もあるかもしれません。

 

しかし決めた目標の結果が残せなければ、どんなに頑張っても”達成”ではありません。

過程の意味はおおいにあります。

勝っても負けても、経験した人にしかわからない価値があります。

そこでつながれた仲間や人々の関りは、かけがえのないものでしょう。

どんな状況でも、自分の行動に責任を持つ。

言い換えれば、責任も取れない言い訳をするな、ということです。

 

『負けた時に何をするのか。』

 

負けた時に何を思い、すぐに行動を移すか。

ここで人格が問われると高校時代の部活で教えられました。

 

 

『感謝と謙虚の気持ちを忘れるな』

『常に勝ちぐせを付けろ』

『準備を怠るな』

『言い訳をするな』

『パスを上手に受け取れ』

『すぐに言葉にしろ』

『仲間を思え』

『言葉ではなく、行動しろ』

『鉄は熱いうちに打て』

『思ったときに、書き記せ』

『必要なことを必要な時に必要なだけやれ』

『ぬるま湯につかっていい気になるな』

『勇気を持て』

 

 

約十年経った今、不思議なほどにポンポン言葉がよみがえります。

あの監督は、サッカーを通して私たちの未来まで想像していました。

人として、あの時しか学べないことを必死で教えてくれました。

当時ただただ聞いていた言葉も、今回のようにやっと自分のものにできる日が来ることも、監督はわかっていたのかもしれません。

 

言葉の裏にある心理は多くを語らず、私たちに悩む機会をくれました。

本当に、高校時代に得た経験は私にとってかけがえのない宝物です。

今こうして自分と正面から向き合い、新しい目標に向かって行動できるのは監督の言葉が自分の中に存在していたからだと思います。

何よりそこでの仲間は、尊敬できる自慢の仲間で、そうであることが自分の誇りです。

 

 

さて、戻りますが

成長したことを自ら評価するにはどうしたらよいでしょうか。

 

明確にするには、私が”何者か”になることです。

 

 

人に幸せを分け与えられるような、

心にゆとりのある自分になりたい。

大切な人を大切にし、相手からも大切にされるように。

 

人は鏡です。

自分の周りの人へ感謝の気持ちを表現できるようになったら、

きっと周りの人はもっと良くしてくれます。

 

与える側でいたい。

身近な人が困っていたら力になりたい。

人をもてなしたい。

 

 

こんな人になりたい、と浮かぶ言葉は曖昧です。

”何者か”になるべくはっきりとした目標設定ができるよう、考えていきます。

 

 

 

以上